にんじん食堂うずまさ

「にんじん食堂うずまさ」は、京都の太秦(うずまさ)にある珍しい沖縄料理のお店です。

電話…075-864-2690

住所…〒616-8167 京都市右京区太秦多藪町9

おばーの「がちまやー食堂」





『おばーのガチマヤー食堂』
……おばーはチャンプルーの鉄人の巻……


おばーのガチマヤー食堂に、若い男性のお客三人が入ってくる。
「おばー、おなかぺこぺこだよ。何つくれる?」
「何でもできるよ。メニューは壁に貼ってあるさー。」
「じゃあ、トンカツね。」
「おれはポーク玉子。」
「それから、なす味噌炒め。」
「あんたたち何考えてるわけ? そんな違うもの三種類も別々につくったら、最後のができたときには最初のはヒジュルコーコーよ。すっかり冷めて冷たくなってしまうじゃないか。熱々のアチコーコーで食べなさい。それで何にするの? 何で
もできるさー。」
「わかったよ、おばー。早くできるの、なあに?」
「はじめから、そう聞きなさい。早くできるのはチャンプルーさ。何? チャンプルーは昨日も食べたって? 一昨日も食べたって? おばーはかまわないよ。チャンプルーは毎日食 べてもおいしいから、毎日食べても誰も文句言わないから大丈夫。じゃあ、ゴーヤーチャンプルー三つね。」
「ゴーヤーは苦いからいやだよ。」
「あんた、ほんとのウチナーンチュか? にせもののウチナーンチュと違うか? 今どきヤマトゥンチュでもゴーヤーチャンプルーは大好きさ。ま、いいか。チャンプルーなら何でもいいから、早く注文しなさい。」
「じゃあ、……。」
「何々、タマナーチャンプルーに、マーミナチャンプルーに、豆腐チャンプルーだって? どうして結局みんな違うの注文するわけ?」
……しばらくして。
「お待ちどう様。はい、これ、タマナーチャンプルー。これ、マーミナチャンプルー。これ、豆腐チャンプルーね。」
「おばー、これ、みんな同じじゃない? どれも、キャベツともやしと豆腐が入っているだけで、何もかわらないよ。」
「いいから、早く食べなさい。急いで食べながら、おばーの言ってること、ゆっくり聞きなさい。いいか、チャンプルーというのは豆腐と野菜を油で炒めて、塩と醤油で味付けしたものさ。そして大事なことは、チャンプルーにはひとつひとつみーんな名前がついているわけ。よく聞きなさい。チャンプルーの名前は一番たくさん入っている野菜で決まるの。ゴーヤーがたくさんならゴーヤーチャンプルーで、キャベツがたくさんならタマナーチャンプルーというわけ。もやしがたくさんならマーミナチャンプルー。豆腐チャンプルーだけは、どうも例外中の例外で、豆腐がたくさんで野菜がちょこっと入っている場合と、いろんな野菜がごちゃごちゃ入っていて、どれが一番かわからない場合のチャンプルーなわけさ。」
「おばー、もういいから、お勘定して。」
「何だって? おばーは、これから、あんたたち、お皿の中味をよーく見てごらん、どんなに違うかがわかるから、と言おうとしてるときに、なぜ帰る? あーあ、ちゃんと、きれいに食べてしまって、 ありがとうね。でも、何も残っていないじゃないか。これ、証拠インメツって言うのよ。いいから、聞きなさい。タマナーチャンプルーにはキャベツがたくさん入っていたはず。マーミナチャンプルーにはもやしがたくさん入っていたはず。豆腐チャンプルーにはキャベツともやしが、どちらがたくさんかわからないように入っていたはずよ。だから、みんな違うチャンプルーだはず。」
「でも、おばー、三つとも同じ一つの鍋でつくっていたじゃないか。」
「あんたら、のぞき見してたわけ? おばーをのぞき見して嬉しいか? おばーはのぞき見されたら嬉しいけど。いいか、おばーはもう何十年もチャンプルーつくってきたからチャンプルーの名人で鉄人なわけ。一つの鍋で三つのチャンプルーを同時につくるなんて朝飯前なのさ。それを皿に盛り付けるときに別々のチャンプルーにしてしまうなんてアサバン前さ。」
「おばー、アサバンって何?」
「アサバンって朝と夜中の晩のことじゃないさ。わかるか? 朝飯でもないぞ。昼飯のことをウチナーグチでアサバンというんじゃ。で、何を話していたかわかんなくなってしまったじゃないか。そうそう、おばーがチャンプルーの鉄人である話の続きだったわ。同時につくった三つのチャンプルーは、素人のお客さんにはみんな同じように見えても、おばーの目はごまかせない。みんな違うわけさー。第一、一緒につくらなかったら一緒に出せないから不公平じゃないか。最初のチャンプルーを食べている人はいいけど、後の二人はガチマヤーで、飢えた猫みたいにおなかがすいて、かわいそうなくらいになってしまう。」
「もう、おばー、わかった、わかったよ。」
「そうか。さ、わかったら、お金払って、クワッチーサビタンして、ごちそう様言って、いいからさっさと帰りなさい。そうそう、明日もチャンプルーを食べにきなさい。こんどは、おばーのガチマヤー食堂特製オリジナルチャンプルーというのを食べなさい。何が入っているチャンプルーか考えるだけでワクワクして、明日が待ちきれなくなるチャンプルーさ。チムドンドンで、心臓がどんどん鳴って、おなかもグーグー鳴るはず。毎日でもチャンプルーつくってあげるから、あんたたちも毎日チャンプルー食べなさい。イッペーニフェーデービル。ありがとう。ありがとう。」
(おしまい)



おばーのガチマヤー食堂
……ライスに味噌汁の巻……


おばーのガチマヤー食堂に、いかにも観光客らしい若い男女が入ってくる。
「こんにちは。おばー、二人ともおなかぺこぺこなんで、早くできるものは何かなー?」
「ハイタイ。こんにちは。おばーなら、何でも早いさー。メニューは壁に貼ってあるから好きなものを注文するねー。」
「いろいろあるね。沖縄、初めてなんで、いろいろ食べてみたいんだ。でも、友だちに聞いたんだけど、沖縄の食堂は定食形式だから気を付けなきゃダメなんだ。ライスと汁が付いてくるから下手に頼むと食べきれなくなるんだって。でも、その意味がよくわからないや。」
「壁のメニューを見て。ほら、ちゃんとわかりやすく書いてあるわ。ゴーヤーチャンプルー500円の隣に、ゴーヤーチャンプルー定食600円。それに、ライスのみ50円、汁のみ50円というのもあるわね。これなら間違える心配はないでしょ。」
「なるほど。ゴーヤーチャンプルー定食にはライスと汁が付いているわけだな。じゃあ、おいしそうなおかずを単品で注文することにしよう。」
「えーと、沖縄に来たのだから、何といっても、まずゴーヤーチャンプルーね。それから……。」
「ナーベー・ラーン・ブシーというのはどうかな。ヘチマの味噌炒めという説明が付いているね。ヘチマを食べるなんて珍しいから、これも注文しよう。」
「おかず500円というのは何かしら。」
「おばーに聞いてみようか。」
「聞かないで注文したほうがおもしろいわ。」
「うん、そうだね。おかずも頼もう。」
「それからライス2つに汁を2つ。」
「ちょっと待って。味噌汁500円というメニューがあるわ。」
「これ、ずいぶん高いね。きっとエビとかカニとか、何かごちそうが入っているんだよ。せっかくだから、普通の汁ではなくて、この味噌汁にしてみようよ。」
「そうね。何が出てくるか楽しみだわ。」
「おばー。決まったよ。」
「ゴーヤーチャンプルーに、ナーベー・ラーン・ブシーというのと、おかずをそれぞれ1つずつ。それにライスを2つと、味噌汁も2つ。お願いしますね。」
「ナーベー・ラーン・ブシーではないよ。ナーベーラー・ンブシーだよ。ナーベーラーはナーベー・アラーで鍋洗いのことさ。でも、あんたたち、ずいぶん食べるねー。よっぽどガチマヤーなんだね。」
「ガチマヤーってどういう意味ですか。」
「そういえば、このお店の名前もガチマヤー食堂ですよね。」
「ガチマヤーっていうのは、食いしん坊ということさ。ガチは餓鬼で、マヤーは猫。飢えた猫みたいにガツガツ食べるわけ。でも、若いから大丈夫さー。食べられるよ。ちょっと待っていなさいね。」
「お値段は合計で2600円にもなるけど、せっかく沖縄に来たんだからね。」
「そうそう。せっかくだもの。ひとり1300円なら安いものよ。」
そして、しばらくして……。
「お待ちどうさま。」
「うっ。」
「えーっ、うっそー。」
「こ、こ、こんなに。」
「何で、こんなことになるの。」
「あんたたち、どうしたの。ごはんは食べるものさー。ながめていてはダメ。冷めないうちに、アチコーコーで食べなさい。何でアキサミヨーっておどろいた顔してるわけ。クワッチーサビラして、いただきますしなさい。」
「おばー、これ、何かの間違いじゃないの。」
「これでいいだはずよ。まあ、あんたたちが何も知らないで注文したってこと、おばーはちゃんと全部知ってたけどね。」
「おばー、じゃー、あのゴーヤーチャンプルー定食って、何なの。」
「ああ、あれは沖縄そばが付いているのさ。」
さて、おばーが食卓に運んできたものは、どんなーだったでしょうか。
その前に2人のお客さんの頭の中にあったのは…。①ゴーヤーチャンプルー、②ナーベーラーンブシー、③何だかわからない「おかず」というもの、④ライス2つ、⑤高いけれど豪華な味噌汁2つ…でした。 ところが、ずらりと並んだのは…。①ゴーヤーチャンプルー、②ナーベーラー ンブシー、③おかず…まではいいんですが、④ライスは全部で7つ、⑤ラーメン丼に入った具だくさんの味噌汁が2つ、⑥普通の汁が3つでした。なぜかというと…。①ゴーヤーチャンプルー=ゴーヤーチャンプルー+ライス+普通の汁、②ナーベーラーンブシー=ナーベーラーンブシー+ライス+普通の汁、③おかず=おかず+ライス+普通の汁、④ライス2つ、⑤味噌汁2つ=味噌汁(大)2つ+ライス2つ。
ところで「おかず」とは煮付けだったり野菜炒めだったり、その名のとおりごはんのおかずになるものです。巨大な「味噌汁」は「みそしる」ではなくて、正確には「みそじる」と発音します。大きな丼に豚肉・魚・ポーク・豆腐・野菜・海藻などの具がこれでもかとばかり入っていて、最後に落とし玉子で決められることが多い主菜・兼・お汁です。「定食」とわざわざうたっているものは、一汁一菜ではなく一汁多菜になっていて、たとえば、お刺身がプラスされたりします。
(おしまい)



「おばーのガチマヤー食堂」
……こんがりマグロカツの巻……


手前のテーブル席に客がひとり座っている。カウンターの中におばー。
「ハイタイ。こんにちは。ニーニー、お兄さん、何を食べるさー。チャンプルーあるかって。もちろん、あるさー。でも、今日のお勧めはマグロカツさ。トンカツのトンのかわりに上等のマグロを使って、カラッと油で揚げた上等なおかずだよ。シニマーサン。ほんとうにおいしいよ。」
「何、やっぱりチャンプルーのほうがいいって。だめだめ、チャンプルーなんていつでも食べられるわけ。マグロカツは今日しか食べられないの。上等でおいしいから、すぐ売り切れて、明日にはなくなるはずさー。何、まだチャンプルーって言ってるか。ウチナーンチュはチャンプルーしか知らないのかって、笑われるだはず。」
「魚、魚、魚、魚を食べると、頭、頭、頭、頭がよくなる。マグロカツ食べて、もっと教養を身に付けないとだめよ。おばーの言うこと、聞きなさい。ね。マグロカツー、いっちょうねー。お願いしまーす。と言っても、この小さな食堂は、このおばーひとりだけなんだけどね。待ってなさい。すぐつくって食べさせてあげるから。」
……。
「はい。お待ちどお様。マグロカツに、ごはんとお汁ね。あちちち。お汁はアチコーコーで熱いから気をつけなさい。やけどするよ。それにしても熱いね。何、あばーの指がお汁の中に入っているって? まあ、ほんとうに。アチコーコーなはずよ。でも、心配いらないさー。指、今、すばやく出したから、やけどしていないよ。」
「何、心配してんじゃないって。薄情なニーニーだね。汚い? 何言ってんの。ぜんぜん汚くなんかないよ。他人の指ならともかく、自分の指だからね。汚くたって、お汁がアチコーコーだから、消毒されてしまうわ。だいいち、おばーの指が汚かったら、おばーのつくる料理はみんな汚いことになる。お客さんはみんな集団食中毒さ。なのに、ひとりも集団食中毒は出ていない。」
「それに、おばーの手を見てみなさい。こんなにシワだらけよ。手にバイキンが付いていたって、そのバイキンはみんなこのシワの中に入ってかくれんぼ。だから、おばーの手は一番きれいで、衛生第一。手を洗うと、シワの中からバイキンが出てきて汚くなるから、おばーはトイレしても手を洗わない。それより、あんた、長話を聞いてばかりいないで、アチコーコーのうちに食べなさい。」
……。
「あんた、どうしたの。マグロカツ、ひとくち食べただけじゃないの。何、マグロカツ、変な味がするって? だから、それはトンカツではないから、豚の味はしないのさ。ちゃんとマグロの味がするはず。変でも何でもない。何。まだ、文句あるわけ?」
「 マグロカツ、くさいって? だから、それはマグロのにおいで、別にくさいわけではないの。腐っているって? ばか言ってるんじゃないよ。そのマグロカツの衣をよーく見てみなさい。こんがりこんがり、色が茶色になるまで、いや、茶色を通りこして、少し焦げ茶色になるまで油で揚げてあるだろ。焦げ茶色を通りこして黒くなっているところもあるくらいさ。だから、大丈夫。」
「何、やっぱり腐っているって言い張るわけ? だっからよー。よく揚げてあるから、たとえ腐っていても大丈夫だと、おばーが何回もくり返して説明しているでしょ。腐るというのは、バイキンがうじゃうじゃたくさんいるってことよ。いくらバイキンがうじゃうじゃで腐っていても、こんがりこんがり揚げてしまえば、そのバイキンはみーんな死んでしまって、全滅するわけ。あばーは、何も考えていないように見えても、ちゃんと考えていて、マグロカツをこんがり揚げているんだから。さあ、安心して食べなさい。ほら、かめー。」
……。
「でも、このマグロカツ、出すのは今日で終わりにしようね。明日はさすがに危ないかも知れないよ。あんたは腐っているって言うし。いくらこんがり揚げても、おばーだって心配さ。腐ってはいないけれど、腐りかけていないかって。腐りかけてはいないけれど、少しだけ悪くなっていないかって。少しも悪くないけれど、においがくさくないかって。においはくさくないけれど、すこしでも味が落ちていたら、まずかったら、お客さんに申し訳ないだろ。だから、今日中に食べ終えるように、お客さんみんなに勧めているわけ。」
「あれ、もう、ごちそう様? クワッチーサビタンかい。マグロカツ、残しているね。そうか、好き嫌いはよくないが、嫌いなもの勧めたおばーも悪かった。何、嫌いじゃない。そうか、体の調子が悪かったか。悪くないって。じゃー、しまーの島酒の泡盛でも飲み過ぎたか? それも違うって。 言いたいことがわからんニーニーだわ。はいはい。 イッペーニフェーデービル、どうもどうもありがとう。また、いらしてね。」
……。
「ほんとに、マグロカツ残して、もったいないね。お客さん、たった一切れしか食べてないじゃないか。おなかがいっぱいなら、それはそうと言ってくれたらよかったのに。もったいないから、おばーが食べるさー。う・う・う・あ・あ・あ・あきさみよー。まずいなんてもんじゃないわ。腐りかけているなんてもんじゃない。腐っている。さっきのお客さん、よく一切れでも食べられたね。おばーには、とても食べられない。だめだめ、こんなの食べたら、おなかをこわしてしまう。もっとこんがり揚げないと、とてもお客さんに出せないわ。残っているマグロカツを明日も出せるように、完全に腐る前に、急いでこんがり揚げましょうねー。」
(おしまい)


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